カテゴリー「年を取ったな~と感じるとき」の記事

2026年6月 3日 (水)

どこにしまったか忘れる・・・

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私は物をどこにしまったかよく忘れる。


忘れても思い出せればいいのだが、いくら考えても、一向に思い出せないから困ってしまう。


ちなみにこれは年齢は関係なく、若いときからずっとそうである・・・・・・。


しまった場所を忘れるのは、たいてい文房具である。


例をあげるなら、ハサミやスティックのりなどがそうである・・・・・・。


ハサミが見つからないときは、カッターでどうにか代用出来るので、まあいいのだが、スティックのりがないときは非常に困る。


封筒に封をするぐらいなら、セロハンテープで代用可能だが、書類に「コピーしたものを、のり付けして送って下さい」などと書いてあると、やっぱりのりじゃなきゃまずいと思うのだ・・・・・・。


しかし、スティックのりというのは、めったに使うことがないため、一度引き出しなどにしまい込むと、次に使うまでのスパンが非常に長い。


しょっちゅう使っていれば、しまってある場所を忘れることなんてないのだろうが、前回使ったのは3ヶ月前なんてことになって来ると、もうどこにしまったかなんて全く覚えていない・・・・・・。


運よく見つかった場合も、安心してはいられない。


ずっと使っていなかったからか、のりが乾燥してカチカチに固まってしまっていて、使い物にならないなんてことがよくある・・・・・・。


同様の理由で、しまった場所を忘れてしまう文房具に、ホチキスの種とクリップがある。


ホチキスはホチキス本体も行方不明になることがあるが、それよりも難敵なのがホチキスの種の方だ・・・・・・。


ちなみにホチキスの種は、正式には「ホチキスの針」というのだそうだ。


私は子供の頃から、ずっと「ホチキスの種」と呼んでいたので、こちらの方で話を進めさせていただくことにする・・・・・・。


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ホチキスの種が行方不明になるのは、パッケージが小さすぎることが、その要因の1つだろう。


消しゴムぐらいの大きさしかないため、他のものといっしょにしまってあると、周囲の物に埋もれてしまい、目に付かなくなってしまうのである・・・・・・。


ホチキス本体があるのに、ホチキスの種が見つからない時ほど、歯がゆいことはない。


止まるはずもないのに、書類の端っこを空のホチキスでパチンとやって、「ハァ・・・」とため息をつく経験を何度したことだろう・・・・・・。


同様の理由から、クリップも見つからない。


クリップは1ケースで買っても、せいぜい消しゴム2つ分程度の大きさで、やはり周囲の物に埋もれてしまい、どこに行ったのか分からなくなる・・・・・・。


電池もどこにやったか分からなくなる。


電池は12個パックとかで買っているので、未使用の時ほど横に長い。


これだけ長ければ、見つからないわけはないだろうと思うのだが、どういうわけか、しまってあるはずの場所をいくら探しても出て来ない。


「いやいや、そんなわけはないだろう・・・」と、ひとり言をいいつつ、引き出しの中をガチャガチャとかき回すのだが、そういうときに限って、いまは使う予定のない、ホチキスの種が出て来て、「ほら、やっぱりここに入ってんじゃん!」などと、勝ち誇ったような顔をする。


しかし、いま必要なのは電池なのだ。


電池は昭和の頃は、単1、単2など、大きなサイズの出番が多かったが、いつの間にか小さく細身の単3がメインになって、探している時に見つからない品物にランクインした。


「昭和の頃は電池がでかかったから、なくしようがなくてよかったよな~」なんて思ったりする・・・・・・。


ちなみにうちでは、今日ご紹介した、スティックのり、ホチキスの種、クリップ、電池は、必要な時に探しても出て来た例しがなく、かなりの確率で、その都度、新しいものを購入している。


その結果、どうでもいい時に、部屋のあちこちから、それらの物がザクザク出て来る。


それにも関わらず、次に探す時には、もうあったはずの場所からなくなっていて、毎回毎回、同じことを繰り返すことになるのである・・・・・・。


(画像上、独特の香りを放ちながら、シラカシの花が咲いている・・・・・・。画像下、一方、ビワはいまが果実の旬の時期になる・・・・・・)


2026年4月15日 (水)

いろんなものにむせる

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私は大福を食べるのが下手くそだ。


大福には白い粉がまぶしてあるが、あれがくせ者なのだ・・・・・・。


どう、くせ者なのかといえば、大福を食べている最中に、まるで雪が降り始めたときのように、人知れず音もなく、舞い落ちて来るのだ。


そして大福を食べ終わって、「ああ、美味しかった~」などと、満足しながら、テレビを見ていると、「やだぁ、くろねこさん。服が真っ白ですよ・・・」と、誰かに指摘されるのである・・・・・・。


そういわれて、ふと見てみると、確かに着ている服の胸のあたりから、腹のあたりにかけて、白い粉で真っ白になっているではないか。


さらにいうなら、ズボンの股間のあたりまで、パウダーをまぶしたようになっていて、思わず、「なんだこりゃ⁉」と仰天するのである。


黒や紺などの暗色系の服を着ていたりすると、白いパウダーが目立ちまくり、なんだか「カビが生えたひと」のように見えて来て非常に嫌だ・・・・・・。


そもそも、この白い粉はいったいなんなのだ。


まさか私を陥れるために、まぶしてあるわけではあるまい。


そこでちょっと調べてみると、大福の白い粉の正体は、片栗粉やもち粉のようだ・・・・・・。


では、なんでそんな粉をまぶしてあるのかといえば、餅生地が手や台にくっつくのを防ぐためにまぶすらしい。


また、片栗粉は、餅生地の滑りをよくして、成形しやすくしてくれたり、大福同士がくっつくのを防いでくれるのだそう・・・・・・。


そして、もう一方の「もち粉」は、餅生地自体を柔らかくする役割がある。


このため大福には両方の粉を使っているものもあるという。


と、まあ、そういうことなら、さすがに白い粉に文句はいえまい・・・・・・。


ところで大福といえば、私は食べる時に、うっかり粉を吸い込んでしまい、死にそうになる時がある。


知らぬ間に粉が気管に入り、咳き込むと同時に、口に入っていた大福が、「スポン!」と飛び出しそうになる。


確か若い頃は、そんなことはなかったと思うのだが、年を重ねるにつれて、むせる確率が上昇していったような気がする・・・・・・。


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大福と同様に、きな粉をまぶしてある餅や和菓子もくせ者だ。


例をあげるなら、「あべかわ餅」や「桔梗信玄餅」などがそうである・・・・・・。


いつぞやはドンキホーテの駄菓子コーナーで、昔懐かしい、「きなこ棒」を見つけ即購入。


家に帰って開封し、口に含んだ瞬間にむせた。


「こんな小さなお菓子なら、きな粉の量も少ないから、大丈夫だろう」などと、甘く見ていたことが悔やまれる。


「きな粉、恐るべし」である・・・・・・。


片栗粉やきな粉のさらに上をいく「くせ者」がいる。


ズバリいうなら、それは湯気である。


ラーメンやうどんを食べる時に、箸で麺をつかみ、口元へ運ぶ。


そして麺をすすり始めるのだが、この時に湯気もいっしょに吸い込むことになる。


この時に、「吸い込んだ湯気」で、むせることがあるのだ。


いま考えると、これについても、年を重ねるにつれて、むせる確率が上昇していったような気がする・・・・・・。


ラーメンやうどんといえば、湯気だけではなく、すする際に口の中で細かく飛散するスープが気管に入り、むせ返ることもある。


これについては、慌てずに、ゆっくり食べれば防げるのだが、麺類というのは、なぜか倍速で食べさせようとする魔力がある・・・・・・。


湯気といえば、風呂に入る時にも、むせることがある。


脱衣所で服を脱ぎ、風呂場へ入っていくと、当然のことながら湯気がすごい。


この湯気を吸い込んだ時にむせるのだ。


おちおち風呂に入ることもままならない・・・・・・。


究極なのは、何も飲み食いしていないのに、突然むせることがある。


当然、そこには湯気もない。


これについては、「老化現象だ」という人もいるが、私はまだじじいの域には達していない・・・・・・。


このように、日常には危険がいっぱいで、いまこうして生きていることは、奇跡に近いのかもしれない。


カフェオレの湯気にむせながら、神に感謝したい・・・・・・。


(画像上、谷戸ではコバノタツナミがあちこちで咲いている・・・・・・。ツツジの花が見ごろになった・・・・・・)



2026年2月25日 (水)

ページがめくれない

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最近、手指の乾燥がいちじるしい。


ちなみに空気が乾燥している冬だけの話ではなく通年である・・・・・・。


手指が乾燥していると、日常生活に支障が出る。


例えば、朝、新聞を取りに行き、新聞を読み始める。


ペラペラとページをめくり、自分の見たい面を探すのだが、なぜか最後のページまでめくり終わってしまう。


「あれ?」と思い、もう一度チャレンジするが、なんだか新聞の厚みの割にページ数が少ない気がする。


そこで新聞を床に置いて、ページの端っこを爪で引っかけるようにして、1枚ずつはがしていくと、ようやく見たかったページが現れてホッとする。


どうやら手指が乾燥しているのが原因で、ページが重なったままでめくっていたようだ。


新聞販売店に、「ページが抜けているよ」などと電話をしなくて本当によかったと思う・・・・・・。


新聞と同様に本のページも重なったままめくっていることがある。


文章のつながりが自然だと、そのことに気付かずに、そのまま読み進めてしまい、先のページで意味が通じなくなり、「そんな話題、書いてあったかな?」と思い、数ページ戻って、ようやく気付くなんてことも多々ある。


私の場合は、「前述のように・・・」という記述で、「あれ?」と思い、ページを戻ることが多い・・・・・・。


本以上にやっかいなのが雑誌である。


漫画雑誌のような紙質ならまだいいのだが、比較的カラーページの多い、薄い紙質の雑誌は、ページとページがピッタリとくっついてしまっているように感じる。


そして、知らぬ間に、2~3ページくっつけたまま、めくってしまうことも少なくないのだ。


そして、その都度、「あ~~、もうっ!」などとイライラしてしまうのである・・・・・・。


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子供の頃、自分の親も含めてだが、世の中のおじさん、おばさんは、本や雑誌のページをめくる時、下唇の内側に、「チョン」と指を当てて、少し湿らせてからめくっていた。


当時子供だった私は、「きたねえな~」などと思っていたものだが、いまになってみると、「ああ、そういうことだったのか!」と納得出来る。


そうはいっても、自分もマネをしてやってみようなどとは、これっぽっちも思わないが、当時は一定の年齢以上の人は、みんなやっていたような気がする・・・・・・。


じいさん、ばあさんに至っては、力仕事をする時などは、手が滑らないように、手の平に少量の唾を、「ペッ!」と吹きつけていたりしたものだ。


ここまで来ると、もはや汚いどころの話ではない。


そういえば、最近はそんな光景は、もう見なくなった気がする・・・・・・。


紙以上にめくるのが大変なのがビニール袋だ。


ゴミを捨てようと、ポリ袋の口を探すのだが、上下どっちも開かずに、「これ、不良品じゃね?」などといいだす始末。


新聞のページを開く時に、爪でカリカリして成功していたので、その技をポリ袋でも使ってみるのだが、どうもうまくいかない。


「あれ~、おかしいな~」などと思っていると、ポリ袋の下部にあるベロをみつけてしまい、「逆さまじゃねえか!」と自分に切れたりする・・・・・・。


そしてポリ袋を正しい向きに戻して、再チャレンジするも、それでもポリ袋はペタリとくっついたままびくともしない。


そこで最後の手段として登場するのが、セロテープやガムテープなどの粘着テープだ。


これをちょっとだけ切って、指輪状にして指にはめ、両側から引っ張ると、見事なまでに、お口パッカ~ン!


まるで特大の場外ホームランを打ったような気分で、両手を天に突き上げる。


子供の頃には思ってもみなかった、未来の乾燥した自分がそこにいた・・・・・・。


(画像上、畑の片隅でニホンスイセンが咲いていた・・・・・・。画像下、季節の和菓子、うぐいす餅・・・・・・)


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